耳鳴り
聞こえのしくみと難聴の種類
まず、聞こえの仕組みと正常な聞こえについてご説明します。
図1のように、音の振動は鼓膜と中耳にある3つの耳小骨で増幅されます。
鼓膜や耳小骨が壊れた場合に起こる難聴は伝音難聴と呼ばれます。
これらは手術で直すことができます。
内耳では振動を電気信号に変換して聴神経に伝えます。
そして脳の聴覚中枢に伝えられ、初めて音として認識されます。
内耳や聴神経が壊れた場合に起こる難聴は感音難聴と呼ばれます。
内耳の有毛細胞とは?
内耳(蝸牛かぎゅう、かたつむりの殻のような形の部分)の内部にあり、音の振動を電気信号に変える細胞です。
正常な有毛細胞は図2上段にようにきれいに配列していますが、何らかの原因で障害を受けた細胞は下段のように数が少なくなり、さらには消失することもあります。
この細胞は脳細胞と同じで、残念ながら再生させることは困難です。
耳鳴りの種類
耳鳴りには自覚的耳鳴りと他覚的耳鳴りがあります。
自分にしか聞こえないものが自覚的耳鳴り、実際に音が鳴っており、注意して聞けば他人にも聞こえるものが他覚的耳鳴りです。
自覚的耳鳴の原因
圧倒的によく認められる耳鳴りです。とても多い症状で、10~15%の人に認められます。
難聴によって脳の聴覚中枢(聴覚皮質)に届く電気信号が減り、その電気信号を元に戻そうとして脳が信号を探して過剰に興奮することで耳鳴りが引き起こされているのです。
すなわち、耳ではなく、脳の興奮で耳鳴りが起こっているのです(図3)。
難聴を起こす主な原因としては以下のものがあります。
基本的に内耳や聴神経の障害、すなわち感音難聴の場合により強く耳鳴りが生じます。
- 突発性難聴による内耳細胞の壊れ
- 大きな騒音や爆発音による内耳細胞の壊れ(音響外傷)
- 加齢(老人性難聴)による内耳細胞の減少、特に高音域の減少。図4を参照してください。
- 耳に損傷を与える特定の薬(聴器毒性のある薬剤)
- メニエール病
- 中耳炎に伴う内耳炎
- 耳硬化症(中耳内で骨が過剰に増殖する病気)
- 聴神経腫瘍 これは内耳から出る前庭神経の一部にできる良性腫瘍です。突発性難聴の5%で、聴神経腫瘍が原因となって発症すると言われています。ステロイド治療をしても治らない突発性難聴で耳鳴りが強烈な場合には、聴神経腫瘍を疑ってMRI検査を行います。
他覚的耳鳴
他覚的耳鳴は、自覚的耳鳴りよりも、はるかに少ないです。
これは、耳の近くの器官から出る実際の雑音、すなわち生体音のことです。
ときに、注意して聴けば、本人以外にも他覚的耳鳴の音を聴き取ることができます。
原因としては以下のものがあります。
① 頸動脈の動脈硬化部分を通る血流の雑音
内頸動脈は、内耳のすぐそばを走るので、内耳に雑音が伝わります。
脈拍に一致し、静かなところで横になった際に強くなるのが特徴です。
② 血管が豊富な特定の中耳の腫瘍
グロムス腫瘍という中耳内の小さな腫瘍の一部には、多くの血管が通っています。
これは小さな腫瘍ですが、音を受容する耳の構造から非常に近い場所にあり、この腫瘍を通る血流が聞こえることがあります。
③ 脳を覆う膜の血管奇形
④ 貧血
赤血球数の減少(貧血)では組織に十分な酸素を補給するために、血流速度が速まり、雑音が生じます。
⑤ 耳の筋肉のけいれん
硬口蓋の筋肉や中耳にある小さな筋肉(鼓膜張筋やアブミ骨筋)がけいれんすることで、カチカチといった音(クリック音)バサバサ音が出ることがあります。
この音は脈拍とは一致しません。こうした筋肉のけいれんは、眼瞼がぴくぴくする様に、意志に無関係にストレスや緊張などで生じます。
耳鳴りの診察の手順
耳鳴りはまず、自覚的耳鳴りか、他覚的耳鳴りかの鑑別が必要です。
耳鳴りの性質、片耳だけか両耳か、持続的か脈拍に伴うかなど、神経症状があるかどうか、大きな騒音を聞いたかどうか、耳に影響を及ぼす可能性のある薬を使用したかどうかを伺います。
身体診察では、医師は耳(聴覚を含む)と神経系の診察に重点を置きます。
耳鳴りの検査
耳鳴りがある人には以下の検査を行います。
聴覚検査で、耳鳴りの原因になっている難聴の周波数を測定します。
同時に耳鳴りの周波数、強さを測定します。通常は8000ヘルツまでしか測定しませんが、耳鳴りのある方では12000ヘルツまで測定します。
すると頭の年齢変化がより明らかになり、聴力正常と言われた方でももっと高音域の聴力低下が見つかります。耳鳴りの周波数を測定すると、このあたりの高さで鳴っていることが多いことも、原因として高音域の低下があることが原因であることを裏付けます。
他覚的耳鳴りが疑われる場合には、患者の耳や頸部に聴診器をあてて音がしないかどうか聴き取ります。
血管性の雑音あるいは脈拍に伴う耳鳴りがある方には、頸部の動脈の超音波やMRアンギオグラフィー検査(MRA)を行います。(当クリニックからご紹介させていただきます。)
耳鳴りの治療
難聴が高音域の年齢に相当する低下で、補聴器を装用するほどではない場合がほとんどです。
多くの人は、その耳鳴りの原因が重篤な病気ではないと知ることで安心します。
あた、耳鳴りの発生原因が明らかになったことで、安心して、急に耳鳴りが気にならなくなります。
家庭での音響療法として、寝る前や静かなところでだけ気になる方には、マスキング療法を勧めます。
これは水の流れる音、波の音、森の音などの環境音CDを聞くことによって、耳鳴りをマスクすることです。
一定音量で雑音を発生させる、補聴器のように装着する装置(耳鳴りマスカー)を使う方法(TRT療法)もあります。
難聴がある場合には補聴器の装用を勧めます。約半分の方では 補聴器などで難聴を是正することで耳鳴りが和らぎます。
その理由は、難聴により大事な音が聞こえておらず、耳鳴りだけが気になってしまうからなのです。
重度の難聴の人では、蝸牛(聴覚器官)に 人工内耳を埋め込むと耳鳴りが軽減されることがありますが、これは両耳に高度から重度の難聴がある場合にだけ行われます。
脳の興奮を抑える軽い薬や漢方を寝る前に内服することによって、約30%の方で耳鳴りが気にならなくなります。
ストレスやその他の精神状態(抑うつなど)が強い方では、対応した薬物治療が役に立つことがあります。カフェインなどの刺激物質は耳鳴りを悪化させることがあるため、そうしたものを避けるように努めるべきです。
お薬による耳鳴り増強もありえます!
多くの耳鼻咽喉科医師が良く処方する薬として、アデホス顆粒100mgという袋に入った薬剤があります。
本剤の適応効能はメニエール病及び内耳障害に基づくめまいの改善であり、メニエール病や突発性難聴の治療薬として処方されます。
しかし、耳鳴り治療での適応承認は受けていません。
加えて1日3包300mgはかなりの量であり、ATPサイクルの刺激をする薬ですから、脳の興奮を引き起こしますので、耳鳴りの治療薬としては実は適していません。
この薬剤の添付文章を表1に示します。ここに書いてあるように、副作用として刺激症状としての全身拍動感、頭痛、気分が落ち着かない、耳鳴りなどが出現すると記載されています。
それは図3で説明した脳や神経回路を刺激・興奮させるために、脳の耳鳴りが活性化されてしまうからです。
実際、私はこの薬剤を中止あるいは20mgの錠剤に減量したところ耳鳴りが和らいだ方を多数経験しています。
表1アデホス顆粒の副作用
1.0%未満 | |
---|---|
消化器 | 悪心、食欲不振、胃腸障害、便秘傾向、口内炎 |
循環器 | 全身拍動感 |
過敏症 | そう痒感 |
精神神経系 | 頭痛、眠気、気分が落ち着かない |
感覚器 | 耳鳴 |
その他 | 脱力感 |
注)上記の副作用があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止するなど適切な処置を行うこと。
耳鳴り治療のゴールは?
耳鳴りを気にし過ぎる、イライラする、いつも耳鳴りの大きさを気にしてしまうと、図5のように、脳が耳鳴りを危険な音だと判断し、脳が興奮をおこして耳鳴りが悪化します。
できるだけ、耳鳴りの存在を確認しない様にすることも大事です。
それには軽く脳を気にしないで済む、いわば大らかな脳にすることが秘訣です。
が、それはなかなか一人では難しく、カウンセリングや、薬剤として、安定剤や軽い抗うつ剤を使うことも有効です。
眠気を起こさない漢方の治療薬もありますので、患者さんの状態によって使い分けます。
どうぞ ご相談下さい。
引用文献
1)耳鳴りーメカニズムと治療― 監修 新田清一、小川薫、リオネット補聴器2018
2)初めての補聴器ガイド みみから。 Widex株式会社 2022
文責 熊川孝三 Kumakawa Kozo M.D.,Ph.D.
耳鼻咽喉科専門医・指導医日本耳鼻咽喉科学会認定専門医
日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医
昭和大学医学部耳鼻咽喉科客員教授
日本演奏芸術医学研究会理事
虎の門病院耳鼻咽喉科にて人工内耳・耳硬化症をはじめとする数多くの手術を施行。
また日本初の聴性脳幹インプラントに成功。
虎の門病院耳鼻咽喉科部長・聴覚センター長を退任後、現在、赤坂虎の門クリニック耳鼻科部長。
2023年3つの診療科が協力して頭痛診療をするお茶の水頭痛めまいクリニック顧問に就任。